【本】アンダーグラウンド
1995年3月20日
いつも通り地下鉄に乗って、会社に向かっていたら、気分が悪くなってきた。
今日は風邪薬を飲んできたから、きっとそのせいだろう。
乗客の中にも咳をしている人が目立つ。
(風邪がはやっているのだろうか?)
電車が駅に止まった途端、
「危ない、降りろ!」
「目が見えない!」
乗客が口々に叫びながら飛び出していく。
ホームに倒れこむ人。
介抱する人。
漂う異臭。
四角い包みから流れ出す液体。
(これのせいかな??とにかく、会社に急がないと。今日は遅れるわけにいかない。)
「地下鉄サリン事件」
公式発表によると被害者3800人。
救急車で運ばれた人を除いてほとんどの人が、何が起きたのかもわからないまま一度会社に出勤したらしい。
この日、不運にも被害に遭ってしまった人びとは、何を見、何を感じ、事件を通して何を経験したのか。
事件から二年近く経って、村上春樹は被害者へのインタビューを開始。
それをまとめたのが『アンダーグラウンド』(村上春樹)
その人が、今までどのように生きてきたのか、事件を機に生活がどのように変わったのかということにまで踏み込んだインタビュー。
決して、華々しいものでなくても、人の人生は《長年に渡って積み重ねられて来たもの》としての重みを持つ。
軽症で済んだ人の中にも、後遺症による体調不良で今まで通りの仕事ができなくなった人も多い。
【理解不能な不気味な団体が起こした、奇妙な事件】として済ませてしまってはいけない気がする。
村上春樹は事実よりも真実を重視する。
被害者の証言が《本当に起こった事柄(事実)》とはズレていたとしても、
その証言は《うそいつわりでない本当のこと(真実)》だというスタンス。
これを読んで、私は村上春樹のファンになった。
自分のフィルターを通してものをみることへのこだわりは『海辺のカフカ』にも感じられる。