【本】強運の持ち主
『強運の持ち主』 瀬尾まいこ (文春文庫)
上司と折り合いが悪く半年で退職した吉田幸子は、「一人でできる仕事がしたい」と思い、占い師になる。
ルイーズ吉田として活躍し始めた彼女によると、占い師の仕事は簡単だそうだ。
性格を言い当て、この先いいことがあるとほのめかし、結局は自分次第だってことを付け加えておく。
もちろん、姓名判断や四柱推命も利用するが、ルイーズの占いは直感重視だ。
ほとんどの人は何てことない相談を持ちかける。
「恋愛運はどうでしょう?」とか曖昧な質問には答えやすい。
でも、小学生がやってきて「お父さんとお母さん、どっちを選べばいいか」なんて聞いてくると困ってしまう。
具体的なことを占うのはとても難しい。
ルイーズがこの質問に答えるために、男の子の家を張り込んでみると、朝には真面目で優しそうな父親がゴミ袋を持って飛び出してきて、夕方にはスーパーの袋を持って帰ってきた父親が公園で女装してから家に入る。
何のつもりだかよくわからないが、家事も仕事もこなすいいお父さんのようだ。
「お父さんか、お母さんか」結局男の子が自分で決めるのだけど、どっちを選んでも彼は幸せに暮らせるだろう。
次に来た厄介なお客さんは女子高生。
気になる男性の気を引きたいという。
これはルイーズにとって珍しくない相談だったのだけど、いつものようにアドバイスをしてもちっとも上手くいかない。
ピンクの小物を持つようにしても、挨拶しても、髪型を変えても、彼の趣味に合わせた話題を振っても反応しない男というのはどんなやつなのかと思っていたら…。
好きになった人を振り向かせるのはルイーズの得意分野だ。
彼女自身今の彼を手に入れるのにあの手この手を使った。
今の彼は役所勤めのぼーっとした男なんだけど、占ってみると恐ろしい程の【強運の持ち主】で、どうしても彼を手に入れたくなったルイーズは占い師らしい方法を使って、彼を手に入れた。
今の彼女と付き合っていると悲劇が訪れると予言したり…(予言じゃなくて脅しやん)
西の方角に運命の人が現れると前振りをしておいて、こっそり待ち伏せしたり…
危険を感じたのと嘯いて、彼の仕事場にかいがいしく迎えに行ったり…
(どれもこれもイマイチ効果がありそうに見えないし、こんなルイーズが女子高生にアドバイスするのもどうかなぁ…)
占いを全く信じない占い師も問題だろうけど、ルイーズのように占いに振り回される占い師もちょっと心配だ。
【強運の持ち主】であるはずのぼーっとした男は、それらしい所をちっとも見せないのだが、ルイーズにとってなくてはならない存在になっている。
「おしまいが見える」という妙な青年に、彼との終わりをほのめかされて、ルイーズはどうにかしておしまいが来るのを遠ざけようと頭を悩ませる。
いつもは行事に興味がないくせにクリスマスにやけにこだわって、プレゼントを奮発したり…。
子持ちの新人占い師竹子さんに、強運の彼が運勢の悪い時期に入りつつあると告げられた時もひどい慌てよう。
金魚鉢を枕元に置いたり、甘いものを食べさせたり、オレンジのシャツを着せたり…ラッキーアイテムのオンパレードだ。
強運を持っているからという理由で好きになった相手なのに、ちっとも強運を発揮しない。
それでもルイーズがこの彼を好きでい続けるのはなぜなんだろう。
この男、小さいことに全くこだわらない。
料理をすれば変な食材を混ぜるし(カレーに葛きりとか)、出かける時も部屋着と変わらない服装だし、休日がほとんどつぶれてもニコニコして「ジャスコに行こう」と夕方から出かけ、クレープを食べて嬉しそうにしているし…。
スペシャルなことがちっとも起こらないあたり強運を全く感じさせないのだけど、スペシャルなことが全くない毎日をこんなに楽しそうに過ごせるのは何だか無敵な感じがする。
ひょっとしたらこういう人のことを【強運の持ち主】というのかもしれない。
読んでいて、高校時代に好きだった人のことを思い出した。
私は方向音痴なので、自分の知っている場所に人を案内する時にも迷ってしまう。
いつものように迷ってしまって焦っていたのだが、一緒にいたその人は、怒るでもなく、気を遣って慰めてくれるのでもなく「実体験の迷路みたいで面白い」と、迷子になっていること自体を意に介しないでニコニコしている。
こんな顔で笑う人間が世の中にいるのか…と衝撃を受けたのをよく覚えている。
こういう人と一緒にいると何だか心強い。
それ以来、デートでチェックするところに、この項目が入ってしまっている。
おごってくれるか、オシャレなお店を知っているか、服装や髪型に気を遣っているか、そんなことはどうでもいい。
【相手任せにしておいて文句を言うだけの人】はどうしてもダメだ。
一緒にいると運気が下がりそうな気がする(笑)
彼からプロポーズされ、再婚を決意していた竹子さんがなかなか結婚しない。
運気が一番いい時期を易々と逃してしまうので、ルイーズが「何でこのタイミングで結婚しないのか」と質問する。
竹子さんは「私の人生は健太郎しだいだから」と答える。
健太郎というのは彼女の息子だ。
相性がよくても時期がよくても健太郎が認めてくれないと動けない。
「子どもがいると占いにも従えないから大変だ」と言う竹子さんは、ちっとも大変そうな顔をしていない。
顔をしかめながらも何だか楽しそうだ。
竹子さんの明日を決めるのは占いでも自分でもなく、彼女の子どもだ。
ルイーズはまだまだ自分自身で自分の運勢を動かしているけど、そこにほんの少しだけ、あのぼーっとした男が入り込んでいる。
「一人でいるのが好きだ」と言っていたルイーズにも、占いや直感以外に、恋人や占いを始めてから知り合った人たちなど当てになるものがたくさんできてきて、そのことに気づくラストがよかった。
ルイーズが占いを始めてからの三年間で手に入れた、彼女のエネルギーの源は、きっとこれからの彼女を助けてくれるに違いない。
占いの師匠がチーズケーキをホールで食べてエネルギー補給しながら、ルイーズに「別にケーキを食べなくたって、あなたにはあのぱっとしない男がいるじゃない」と言うシーンが印象的だ。
占いは人にエネルギーを与える仕事だから、自分も補給しておかないとぐったりするんだろうな。
瀬尾さんの本は、読んだあとちょっと元気になれるから好きだ。
『図書館の神様』とか『天国はまだ遠く』『優しい音楽』なんかもよかった。