【本】天国旅行
『天国旅行』 三浦しをん (新潮社)
「心中」をテーマにした短編集。
タイトルはTHE YELLOW MONKEYの「天国旅行」という曲から取ったそうだ。
目次の後ろにこの曲の歌詞が記されている。
(せまいベッドの列車で天国旅行に行くんだよ
汚れた心とこの世にさよなら)
心中の話が出るのは恋人同士の間だったり、夫婦だったり、たまたま出会った見知らぬ二人だったり。
7つの短編はそれぞれ異なった設定のお話。
ただ「死を選ぼうとする心の傾きの原因になるものが、生きていく上でもどうしても必要なものである」というところが、どの作品でも共通している。
生きていく上で自分が強く求めたり自分の支えになってくれたりするものが、自分を縛りつけたり行き詰まらせたり。
問題というのは絡んできてしまうものなので、はたから見て悲劇的な何かを抱えているわけではないように見えても、絡み合った色々をきれいに元通りにほどくことは難しい。
ほどけないなりにやり過ごして進んでいくのにも限界があって、どこかでどうしようもなく疲れてこれ以上前へも後ろへも歩を進められなくなってしまう瞬間が訪れる。
思いがけず打開策が見つかることもあるけれど。
どのお話も好きだったけど、私が一番好きだったのは「遺言」という作品。
自分が先に亡くなると想定したおじいさんが奥さんにあてた遺言をパソコンに残す話。
「やっぱりあの時死んでおけばよかったんですよ」と口癖のように言う奥さんに対して「いつのこと?」と問い返せないおじいさんが自分なりに推測してみると、思い当たることが三つある。
奥さんの口癖が単なる愚痴だということもわかっているし、それが自分への不満や苛立ちが高じた時に飛び出すこともわかっているのだけど、それでもやっぱり不安だ。
もしかしたら彼女は本当に後悔しているのではないか。
おじいさんは自分が死んだあと奥さんが遺言を読んで、後悔や心残りをすべて拭い去って生きていけるように願う。
そのために書いた渾身の手紙がこの「遺言」という短編。
他人のためだけに書いた文章というのは確実に相手に響くだろう。
おじいさんの願いは叶うに違いない。
自己弁護の要素が全くなく、正直で真面目で、それでいてユーモラス。
「二人で生きた証を残せないのがむなしい」と言う奥さんだけど、彼女が「死んでおけばよかった」と言いたくなっちゃう事そのものが、二人の生きた証なんじゃないかなと私は思った。
醜くて情けなくて滑稽な数々の出来事を乗り越えてきた数十年。それがおじいちゃんの手紙一通で、恋の絶頂にいた頃の美しさよりも愛しいものに見えてくる。
魔法みたいに力強くて素敵な手紙だった。