【本】海底二万里
『海底二万里』 ジュール・ヴェルヌ (集英社文庫)
ヨーロッパやアメリカの海上で《でっかい物》が目撃される。鯨のような海洋生物なのか、島のようなものなのか、それとも潜水艦か。新聞紙上で専門家たちが議論を繰り広げるけれど、なかなか結論がでない。そんな中海難事故が次々起こり、原因究明よりも海の安全を取り戻すことが優先される。
でっかい化け物を退治しにいくという名目で船が出た。科学で存在を証明できないものに立ち向かおうとすれば、存在を《信じる》しかないってところが面白い。実害が出ている以上化け物がいるという前提で行動するのは合理的だろうと思う。どんな結論が出てのちに馬鹿にされることになろうとも。
出航したメンバーの中で主な登場人物になるのは主人公の博物学者とその助手の青年、銛うちの名人ネッド。唯一化け物の存在を信じないのがネッドで、彼は「科学的に証明されないものを信じない」という態度を取っているのではなく、漁師としての勘で有り得ないと考えているようだ。博物学者と議論になるも平行線。助手は「先生のいうことに従います」という姿勢を貫くので意見がないのも同じ。博物学者とネッドが言い合いになってもどちらの味方に付くのでもなく多数決には加わらない。そこがこの三人が仲間割れをせずに済むポイントなのだろう。
海に現れる《でっかい物》が何なのかワクワクしながら読んでいたのだけど、それはすぐに明らかになってしまう。潜水艦だ。三人が乗っていた船がこの潜水艦を見つけて攻撃を仕掛けるのだけど、相手の力の強さに敵わず船は沈没させられてしまう。沈没した船から潜水艦の中に拉致されたのが上で紹介した三人だ。
潜水艦ノーチラス号はネモ船長の船で彼らは船長の命令に従って一緒に海底の旅を続けることになる。二度と故郷には戻れないという話に困惑するものの、博物学者は艦内の図書館や剥製・標本のコレクション、自分が見たことのない深海の生物を目にして、興奮し始める。自由を望む気持ちと知的好奇心の板ばさみだ。
潜水艦に乗り込んでからは海での冒険の話が続いていく。珍しい生き物が出てきたり、深海の森を潜水服で散歩したり、たまに陸地に上がって原住民と戦うことになったり…。原住民に追われて逃げる時に右手にイノシシ、左手にカンガルーを抱えて走っているネッドが面白い。この男の頭の中は食べ物のことだけ。潜水艦内で出される料理は海のものばっかりなので、肉が食べたいと愚痴をこぼしていたのだ。
この男が陸の生活に戻りたい理由は「肉が食べたい」の一点だけ。博物学者は海底の驚異に心を奪われて帰ることよりも旅を続けることに心が傾いている。助手は「先生についていく」の一点張り。読んでいると「もう三人とも帰らなくていいんじゃないの?」と思ってしまう。博物学者が帰りたくなくなっていることを明かさずに、「脱出するなら慎重に」という言い分でネッドを思いとどまらせるところが興味深かった。「帰りたくない」って言っちゃったら敵対しちゃうもんなぁ。
海の中の描写は面白くて博物学者やネモ博士がその世界に惹き付けられるのもわかるんだけど、映像や写真で見られたらもっといいのになぁと思ってしまった。
世界中の色んな魚が見られるのだけど、助手とネッドの魚に対する接近の仕方の違いが面白かった。助手はどんな魚でも名前を聞けば即座に分類してしまう。その代わり実際的な知識が乏しくて電線とウミヘビを間違える始末。ネッドの方は「属」とか「目」とか言われてもさっぱり。彼の分類は食べられるか食べられないか、おいしいかまずいか。その代わり実際的な知識は助手の及ぶところではなくて、遠くからでも鯨の種類が見分けられたりする。この二人の極端な偏りっぷりが面白い。「珍道中の同行者はこうでないと!」って思った。
三人のキャラクターと海の生き物の描写、ちょこちょこ起きる危険だけではどうしても飽きてきてしまう。海底探検以上に興味が惹かれたのはネモ船長の心のうち。彼は自然の驚異に魅せられて海底生活を楽しんでいるように見えるんだけど、時折暗い顔をする。三人を船室に閉じ込めるような時はその間に何があったのかを教えてくれない。怒りや悲しみや憎しみがごっちゃになったような顔で現れたかと思うとしばらく姿を見せなくなってしまったり。彼が潜水艦に乗り込むようになる過程はどんなものだったのだろうと気になりながら先に進んだ。
これが予想以上に引っ張るからビックリした。最後の最後まで出てこない。しかも引っ張った割にどうということのないエピソードで脱力してしまった。