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第39回東西落語名人選(柳家小三治 道灌) 2013年9月21日

第39回東西落語名人選 2013年9月21日(土)神戸文化ホール

夜の部
シンデレラ伝説 三遊亭白鳥
悋気の独楽 月亭八方
後生鰻 桂歌丸
一文笛 桂福団治
中入
宿屋ばばあ 笑福亭福笑
道灌 柳家小三治

小三治さん目当てで聴きに行った東西落語名人選。二上りかっこが聞こえるだけでドキドキして手が震えてしまう。四列目なので小三治さんが近い。こんなに近くで小三治さんの姿を見るのは初めてなので嬉しくて仕方がなかった。間近で見る小三治さんはとにかくかっこいい。黒紋付がよく似合って素敵だ。同じ空間にいられるだけでも幸せなのに、表情の見える距離で小三治さんの噺が聴けるなんて!噺が始まる前から興奮してしまった。

演目は『道灌』だった。八つぁんがご隠居さんのところに出かけて行ってお喋りをして、ご隠居さんから「雨具の断りの歌」を教わる。八つぁんにはしょっちゅう雨具を借りに来る友だちがいるので、その友だちが雨具を借りにきた時にこの歌を披露して雨具を貸すのを断ろうと考える。ご隠居さんとお喋りをしているうちに雨が降り出しそうな空模様になったので、早速試してみようと慌ててうちに帰って友だちを待ち構えるのだけど…。あらすじを説明するとたったこれだけの噺。場面もご隠居さんちと八つぁんちの二カ所だけだし、登場人物も八つぁん、ご隠居さん、八つぁんの友だちの三人だけ。しかも何度も聴いたことのある噺でサゲはもちろん、そこまでの展開も覚えている。それでも目の前にいる小三治さんが喋り始めると不思議なぐらい自分の気持ちがクルクル動く。よく知っている噺なのにおかしくてたまらなかった。大笑いして「この噺、こんなにおかしくて素敵な噺だったんだなぁ」って、感動した。

「ご隠居さん、こんにちは」「ああ、誰かと思ったら八つぁんかい」このやり取りだけで噺の世界に引き込まれてしまった。何でもないような挨拶を交わしているだけなのに二人がすごく仲がいいのが伝わってくる。八つぁんの受け答えがいちいちおかしくて、その相手をするご隠居さんが優しくて、「ご隠居さんは八つぁんのことが可愛くて仕方ないんだなぁ」「八つぁんもご隠居さんのことを信頼してるんだなぁ」って思うと、二人を見ているだけで幸せな気分になってくる。二人の関係が言葉で説明されなくてもちゃんと見えるから、何気ないやり取りでついつい笑ってしまう。

「隠居さんとこの粗茶はいい粗茶ですね」「この粗茶は安くねぇ粗茶ですよ」と出してもらったお茶を「粗茶、粗茶」と褒める八つぁんを見ているとおかしくてたまらない。「粗茶っていうのは粗末なお茶。へりくだって言ってるんだよ」と当たり前に返事をするご隠居さんにつられて私も八つぁんのペースに乗ってしまう。始終この調子で会話が進んでいくので、一度はまり込んでしまうともうおかしくてたまらない。初めて聴くみたいにワクワクしながら八つぁんの次の発言を待って、八つぁんが何か言う度に大笑いしてしまった。

ご隠居さんの言うことがさっぱりわかっていないのに「そうっすか」と軽く受けて、口を結んでにっと笑う八つぁんが最高だった。ちょっとした表情や目の動きだけで、何も面白いことを言っていないのに笑ってしまう場面が何度もあった。私は小三治さんのこういうところが大好きで、DVDの同じ映像を何度も何度も見てしまったりするのだけれど、この日は生で小三治さんの表情を見られて本当に嬉しかった。小三治さんの落語を聴いていると、小三治さんが複数の登場人物を演じているんじゃなくて、小三治さんの中に登場人物たちが生きていてその一人一人が場面に応じて表に出てくるような感じがする。登場人物の一人一人がものすごく可愛く見えてきて、そこに小三治さんの愛情を感じて、いつの間にか私にとっても登場人物が愛おしい存在になっている。そうすると、ちょっとした発言がおかしくてたまらなくなってしまう。そんな瞬間を作り出す小三治さんの落語が私は大好きだ。

「雨具の断りの歌」を友だちに披露することで頭がいっぱいになっている八つぁんに私もすっかり感情移入してしまって、ご隠居さんに書き留めてもらった歌を片手に「空模様があやしくなってきた!」って飛びだしていく八つぁんとおんなじ気持ちでワクワクした。

期待した通りサーっと雨が降り出して、雨具を持たない人たちが駆け出していく様子を眺めながらうちへ急ぐ場面では、小三治さんの目に映る光景が私の目にも浮かぶように感じられて、何とも言えない広々とした心持ちになった。楽しくてあっという間に過ぎてしまう時間のはずなのに噺の中の時間はゆっくり流れていて、小三治さんの作り出す空気がこのうえなく心地いい。

八つぁんちに飛び込んできた友だちが今日に限って雨具じゃなくて「提灯を貸してくれ」と言うところでは私も八つぁんと一緒にがっかりした。「提灯そこにあるじゃねぇか。貸してくれよ」と言う友だちに「あっても貸さねぇ」という八つぁんが面白くて、友だちの「急にやな奴になったな」って発言もおかしくてたまらなかった。「急に」ってところがいい。「迷惑に思いながらもいつもは貸してあげてるんだもんな。今日も意地悪で貸さないんじゃなくて歌を披露したいだけだし…」って思いながら聴いているから、雨合羽を着た友だちに提灯を貸す代わりに「雨具を貸してくれ」って無理やり言わせる八つぁんのことが可愛くてたまらない。可愛くて、おかしくて、どうしようもなく笑いがこみあげてくる。

渋々ながら「雨具を貸してくれ」と言ってくれた友だちを相手に、待ってましたとばかりに歌の書かれた紙を取り出して、「こっちは女形だからなぁ…」とぶつぶつ言ったあと、突然声色を変えて「お恥ずかしゅうございます」と芝居っけたっぷりにやるところは最高におかしくて、大笑いしてしまった。噺が始まってからずっと笑いっぱなしだったのだけど、進むにつれどんどんおかしさが増していって、「こんなに笑ったことないな」って思うほど思いっきり笑った。

サゲを言って、一瞬笑って、ホールのあちこちに目をやりながら何度も頭を下げる小三治さんに夢中で拍手をした。泣かせるところなんてないひたすら楽しい噺なのに、心の底からいいなぁって思って涙が出た。拍手の届くところに大好きな人がいるのってありがたいことだな、小三治さんと同じ時代を生きられて幸せだなって心から思った。小三治さんが高座から客席に向かって喋ってくれるのがただただ嬉しくて、小三治さんの作り出す噺の世界に入って一緒に楽しめる時間は最高に幸せだ。小三治さんがサゲを言って笑った瞬間「あー、楽しかった!」って思って、すっごく幸せな気分になった。

この日のまくらで小三治さんが「江戸風の噺をやります。江戸の噺じゃないよ。江戸なんて誰も知らないからね!」と言い放ったのがめちゃくちゃかっこよかった。本格的な古典落語を聴きたいと思っている人もいるだろうし、長いまくらを楽しみにしている人もいるだろうし、落語を聴きにいく時にお客さんが期待することはそれぞれ違っているんだろうけど、私はとにかく「小三治さんに会いたい」と思って足を運んでいる。今を生きる小三治さんが同じように今を生きる私に語りかけてくれる。それが何よりも嬉しい。