【本】閉鎖病棟
『閉鎖病棟』 帚木蓬生(新潮文庫)
精神科病棟を舞台に、様々な過去を持つ入院患者の姿や病院内で起こった事件が描かれる。
病院の恒例行事、演芸会。
患者達が出演する劇が上演されることになった。
看護婦さんに頼まれて脚本を担当することになったチュウさんが、劇について次のように語る場面が印象に残る。
「患者は入院前は何者かであった。大工、医者、自衛隊員、会社員…。それが、入院したとたんに患者という別次元の人間になってしまう。以前の職業も人柄も好みも問われない。骸骨と同じだ。」
演劇はそんな患者達が患者でありながら患者以外のものにもなれるということを訴えるためのものだとチュウさんは語る。
一度入院した患者にとって、再び社会に出て患者以外の何かとして生きていくことは簡単ではない。
『閉鎖病棟』とは病棟が閉鎖されているということではなく、患者達が社会から拒絶されているという意味だ。
家族からも疎まれ、帰る場所がない。
病院をいつかは出て行くべき場所と考えながらも、患者達は病院の外での生活を永遠に手に入らないもののように感じている。
患者の中には事件を起こし、刑務所に入る代わりに病院に入ったものもいる。
病院は自分の犯した罪と向き合うにも不都合な場所だ。
刑務所の独房と違い、病院にいればその日暮らしに楽しく生活できてしまう。
そのため罪の意識や自責の念が一度にどっと押し寄せる。
何かのきっかけで、ふと思い出してしまうと、とても耐えられず自殺してしまう患者もでる。
この本の中では、犯罪を犯した人も含め、患者達が〈心理的に異常な人間〉として描かれることのないところがいい。
患者達の心の動きも十分に理解できるもので、人の想像を超えるようなものではない。
患者同士の心の交流や互いに助け合って自分を投げずに生きていこうとする姿勢に、人間味を感じる。