やなぎみわ婆々娘々(美術展)
すごく良かった。
初めに展示されている「マイ・グランドマザーズ・シリーズ」は一般公募のモデルが【50年後の自らの理想の姿】に特殊メイクやCGを使って変身するもの。
26人の理想の老婆像は見ごたえがあった。
それぞれの写真に添えられた文章も読んでいて面白い。
「なるほど」と思うものも多くて、「よくこれだけの案が出たなぁ」と感心してしまった。
「老いを受け入れる」というのとはちょっと違って、「老いを直視しながらそれを味わいつくすような姿勢」が力強くてよかった。
少し奥に進むと「寓話シリーズ」と呼ばれる作品群がある。
グリムやアンデルセンに出てくる少女と老婆をベースにして、少女と老婆が同じ物の表裏の関係にあるということを表わした作品らしい。
オオカミの切り裂かれたお腹の中に横たわる同じ背格好の少女と老婆の姿が印象的だった。
(子どもがマスクをかぶって老婆も演じている)
〈愛されるべき少女〉と〈憎まれるべき老婆〉、そのどちらもが「女性とはこういうものだ」というイメージの制約を受けている。
単純なキャラ付けを必要とする童話だからこそ、特定のイメージを対象に与えることの残酷さが際立つのかもしれない。
他者が自分に対してどういうイメージを持っているかということは、自己認識にも大きな影響を及ぼすし、他者から見た自分と自分から見た自分とが完全に一致することがない以上、そのズレで面倒な思いをすることも少なくない。
〈女性としての自分〉をどう把握して提示していくかは、生まれてから死ぬまで付きまとう課題なのかもしれない。
それだけに、最後に展示される「ウィンドスウェプト・ウィメン・シリーズ」には圧倒された。
荒野にしっかりと足をつけて、向かい風に身体の正面を向け、髪を振り乱し、踊りながら大きな口をあけて笑っている女性の姿は、肉体の老若に関係なく逞しさを感じさせる。
特殊メイクを使い、豊かな胸や垂れ下がった胸、皺だらけの脚や張りのある脚をあべこべに組み合わせる。
そうして撮影した複数のモデルのモノクロ写真をそれぞれ巨大パネルにして展示する。
会場の一角にバラバラの方向を向いた巨大パネルが五枚もあって、その五枚が全体で一つの作品となって迫ってくる。
やなぎみわという人、今まで知らなかったのだけど「すごい人だなぁ」と思った。