【本】愛
『愛』 井上靖 (角川文庫)
「結婚記念日」
奥さんを亡くして二年の、37歳の男が主人公。
彼の妻は生前、ケチだと言われ、親戚からあまり評判がよくなかった。
そのため、男が再婚の勧めを断り続けるのも、前の奥さんで懲りたためだと、周りの人間に思われていた。
ケチだと言われたこの奥さん。
確かにケチなんだけど、夫の目を通して彼女の様子を見ていくと、事情が随分違ってくる。
奥さんの倹約は、ただのケチじゃなくて、夫と二人の平穏な生活をなんとか守っていくために不可欠な努力だというのがよくわかる。
そして、そんな奥さんの【二人のための努力】を理解できているからこそ、やっぱり自分も派手なことができなくなっている夫。
そんな二人のヘンテコな箱根旅行に、二人のお互いに対する愛情の深さを感じ、「本当にいいコンビだなぁ」と感心してしまった。
お金も健康も生きていくうえで本当に大切なものなのにちょっと油断すると簡単に失ってしまうもので、そう考えると平穏な生活というものも日々の戦いの中でギリギリ守られているものなのかもしれない。
家計を守るということが、ただただお金を貯めるということじゃなく、見えない敵との戦いみたいに描かれるのが面白いし、リアル。
夫婦愛を感動的なものとしてではなく、ちょっとユーモラスに書いてしまうところがすごくいいと思った。
「石庭」
新婚旅行で訪れた、龍安寺の石庭。
石と砂だけで造られたストイックな庭は、訪れる人間に、妥協や曖昧さを許さない。
純粋で冷たく美しい庭を前に、訪れた人はいつの間にか自分と真摯に向き合い、今まで先送りにしていた問題に白黒つけたくなってしまう。
そのため、だましだまし続いてきた友人や恋人との関係も、この場所に来ると、決定的なものになってしまう。
新婚旅行でこの場所にやってきてしまった主人公には思わぬ結末が待っている。
この石庭、私も行ってみたいけど、かなり勇気がいるな。