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ツイッター @hyokofuji ミサ

【映画】あなたになら言える秘密のこと

あなたになら言える秘密のこと』 2005年 スペイン

主人公ハンナはイギリスの工場で働く女性。補聴器をつけて勤務する彼女は音を聞きたくない時には補聴器のスイッチを切ってしまう。勤務態度は無遅刻・無欠勤でいたって真面目。だけど誰とも会話をしようとしない。

彼女が昼食に持ってくるのは白米とチキンとリンゴ。冷蔵庫の中にもそれ以外の食べ物はない。帰宅した彼女は新品の石けんで手を洗い、一度使った石けんは捨ててしまう。

何とか一日をやり過ごしながら生きている彼女に上司が休暇を取るように勧める。強制的に休暇を取らされた彼女はバスに乗ってどうやって休暇を潰そうか思案する。「暇につぶされる前に暇をつぶさなきゃ」という彼女のつぶやきが痛切に響く。

何気なく入った中華料理屋で看護師を探している男に出会い、彼女は看護師の資格を持っていると申し出る。彼女は二週間、海の真ん中にそびえる石油の掘削所で火傷を負った男、ジョゼフの看病をすることになった。重傷で一時的に目も見えなくなっているジョゼフだが、陽気にハンナに話しかける。ハンナはジョゼフの問いかけに一切答えず、黙々と彼の体を拭いたり手当をしたり食事を運んだりする。

無口で人と付き合おうとしないハンナだけど、決して冷たい人間ではないというのが彼女の佇まいから伝わってくる。彼女が食べている毎日同じメニューの食事も何だかおいしそうに見えてくるから不思議。彼女の動きに投げやりなところが全くないのがその理由かもしれない。ハンナの献身的な看護のおかげでジョゼフの容態は安定する。

海に浮かぶ掘削所の夕暮れ時の姿は幻想的。光と音楽の使い方がすごくよかった。繰り返し途切れることなく波が打ち付けられ、機械の音も絶える事がない環境なのに、静かで落ち着く場所のように感じられる。
心優しい料理人のサイモンとハンナがブランコに乗って会話とも呼べないような会話をするシーンが好き。ハンナが海を救おうと本気で考えている海洋学者の青年に関心を示すところも興味深かった。ハンナ以外のメンバーも孤独を好むタイプのようだ。

ハンナに陽気に声を掛け続けるジョゼフだが、彼も取り返しのつかないものを抱えている。彼の事故の原因にもなったその出来事について彼から打ち明けられたハンナは彼の痛みを自分のもののように受け止める。

そんなハンナが彼と別れる直前になってやっと彼女の過去を語り始めた。何も語ろうとしないハンナのことをジョゼフが「ミステリアスな女を演じるのも疲れるだろ?」なんてからかったりしていたけど、誰が見てもハンナがそういうタイプの女性でないことは明らかだ。彼女が相当辛い思いをしてきた人だというのは、彼女の告白を聞くまでもなく、この映画を観ているすべての人が感じることだろう。それでも、物語の終盤で語られるハンナの秘密、十年前にハンナが経験したことは私の想像をはるかに超えていた。

過酷な状況を生き延びたあとに彼女が背負ったものは、永遠に消えはしないのだろうけど、それでも彼女が幸せな日々を手に入れることができたことに感動した。彼女がキッチンの窓から外を眺めるラストシーンが好き。

監督:イザベル・コイシェ
脚本:イザベル・コイシェ

【映画】バスター・キートン傑作集1

バスター・キートン傑作集1』1920年〜1921年
「文化生活一週間」
新婚夫婦が叔父さんからプレゼントされた組み立て式の一軒家。組み立てる過程も組み立て終わったあとの引っ越しパーティーもドタバタ続き。嵐がきて家がぐるぐる回転したり、機関車に突っ込まれたり。体をはったアクションが面白い。屋根の上で木にまたがってノコギリでそれを切るシーンが好きだった。「落ちる、落ちる、絶対落ちる」と思ってたらやっぱり落っこちちゃう。予想を裏切られるのも好きだけど、予想通りの展開も好き。

「ゴルフ狂」
キートン演じる下手っぴゴルファーが自分の打ったボールに当たって気を失う。気を失っている間に脱走してきた囚人に洋服をすりかえられて、キートンは看守に刑務所へ連れて行かれてしまう。刑務所内で大暴れするキートンもいいけれど、自分の打ったボールを取るために川に入ったキートンがクラブをオールがわりにして板きれの上に乗ったまま移動する仕草が一番好きだった。

「案山子」
「部屋一つで事足りる」と省スペースの工夫がほどこされた一軒家で大男と同居するキートン。二人は同じ女性に惹かれていて、仲がいいのか悪いのかよくわからない関係。大男がお嬢さんの家を訪ねるシーン。デレデレした大男がちょっとかわいい。猛犬に追い回されるキートンもよかった。犬との共演、最高!案山子の振りしたキートンの後ろで大男とお嬢さんの父親が喧嘩になるシーンも好き。

「隣同士」
ズン・タッタ・ズン・タッ♪って音楽が愉快でいい。寝ているおじさんがおでこをトン・トンってされた時にCome inって言うのがツボだった。思いもよらぬ方法でキートンが自分ちの三階から隣の家の三階に移動。そのシーンが一番好き。

「化物屋敷」
強力接着剤でお札をベタベタにしてしまうどんくさい銀行員。おじさんとおじさんのお尻が接着剤でくっついてしまうのが楽しかった。化物屋敷の仕掛けも愉快。
ギャグ満載でどれも面白かったけど、私が一番好きなのは「案山子」。大男とキートンが同居する一軒家の仕掛けがすごかった。

監督:バスター・キートン エディ・クライン

【映画】海底王キートン

『海底王キートン』 アメリカ 1924年
お坊ちゃんと社長令嬢の漂流生活。缶詰も開けられなくて食べ物を用意するにも四苦八苦していた二人がスムーズに快適な船上生活を送るようになるところが面白い。普通に手作業で進めた方が速そうだけど機械仕掛けで家事をこなすのが見ていて楽しい。窓の向こうでおじさんの顔写真付きパネルがゆらゆらするシーンに笑ってしまった。水兵服姿の二人がかわいい!潜水服を着たキートンを筏代わりにしちゃう彼女がツボだった。
監督:バスター・キートン ドナルド・クリスプ
脚本:クライド・ブラックマン ジョセフ・ミッチェル ジーン・ハヴェッツ

【映画】自転車泥棒

自転車泥棒』 1948年 イタリア

父親が職業安定所で紹介された仕事は自転車がないとできない仕事。数日ぶりに仕事をもらえたのに、運悪く自転車は質に入れてしまったばかり。父と母はその自転車を質屋から取り戻すために家中のシーツを質入れする。

それで何とか取り戻した自転車で父親は初仕事に出かけた。新しい制服に身を包んだ彼からは、仕事をもつ人間の誇りがにじみ出ている。

彼がポスター貼りに集中している時に、壁に立てかけた自転車が盗まれてしまった。届けを出しても警察の対応は冷たくて、何とか自分で自転車を見つけ出さなければならない。友人も手伝ってくれて転売されていないか探しまわるのだけど、なかなか見つからない。

父親の自転車探しに息子も加わる。クタクタになった二人がレストランに入るシーン。「食べて行くには仕事をしないと…」と話しながらお金の計算をする二人がよかった。食べるためにはお金がいるし、お金を稼ぐためには仕事を手に入れないといけない。このうえなくシンプルで力強い価値観。それを幼い子どもと共有できるところがいいなって思った。

切羽詰まった父親が自転車を盗んでしまうラストシーン。彼はその姿を息子には見せまいとしたのだけれど…。

不運に見舞われ追いつめられても家族が食べて行くために力を尽くし続ける父親とそんな父親に寄り添い続ける息子。二人のお互いに対する信頼が窺えるところが好き。複雑な感情を表現する語彙はもたなくても、父親が一身に背負っているものを敏感に感じ取って全身で受け止めているのが、息子の小さな手の動きから伝わってくる。
単純なストーリーだけど、いい映画だった。

監督:ヴィッテリオ・デ・シーカ
脚本:チェーザレ・ザヴァッティーニ スーゾ・チェッキ・ダミーコ
原作:ルイジ・バルトリーニ

【映画】キートンのカメラマン

キートンのカメラマン』1928年 アメリ

ニュース映画屋で働く彼女のそばにいるためにカメラマンとして職を得ようとするキートン。カメラマンは自分の男らしさを確認できる職業のようだけど、そんなところにキートンの関心はない。カメラマンとして雇ってもらうために懸命にスクープを狙うキートン。だけどドジばっかりで失敗続き。

落ち込んでいたところを彼女に励まされ、前向きな気分になったキートンは彼女を日曜のデートに誘う。
デートでプールに行くシーン。飛び込み台からジャンプしたキートンの水着が脱げちゃうのが面白かった。そんな時でもキートンはニヤニヤしたりしない。口を一文字に結んだキートンがどうやってプールサイドに上がろうか思案している様を見ているのが楽しかった。

立て続けに邪魔が入ってなかなか彼女と二人でゆっくり話もできないんだけど、それでもこの日のデートをキートンが後悔していない様子だったのがよかった。彼女からの電話が待ちきれずにアパートの中を地下から屋上まで行ったり来たりするキートン。世間的な価値観とズレがあるように見える彼だけど、ちゃんと自分にとって大事なものを持っていて、そのために真摯になれる。空振り続きでもめげずに突き進む彼をみていると、おかしいんだけど何だか泣きそうにもなってくる。

チャイナタウンでのマフィアの抗争をカメラに収める彼は、勇敢であろうとしないのに勇敢な態度を見せてくれる。このシーンがすごく好きだった。猿との共演も最高!

監督:エドワード・セジウィック
脚本:リチャード・シェイヤー
原作:クライド・ブラックマン リュー・リプトン

【映画】コーヒー&シガレッツ

コーヒー&シガレッツ』 2003年 アメリ

タバコとコーヒーは合うらしい。タバコを吸ったことがないから味のことはわからないけど、モノクロで映し出されるタバコとコーヒーの組み合わせは最強。

複数の短編からなるこの作品のどの短編でも、登場人物はタバコとコーヒーが置かれたテーブルを挟んで会話をしている。コーヒーと思いきや中身が紅茶だったりもするのだけれど…。

別々の短編がところどころでつながっていたりするのが面白い。

自分が話している相手の名前を間違えたりコーヒーカップで乾杯をしたりする瞬間が繰り返し描かれるのが印象的だった。目の前にいる相手とコーヒーカップで乾杯したくなる気持ちも、「相手の名前が何であれ構わない」と思える薄情さも、どちらも嘘じゃない。一見矛盾するものが堂々と共存する世界が、哀しくて温かくて居心地のいいものに見えてくる。

私が特に気に入ったのは「いとこ同士」という短編。いとこ同士の女性二人の距離感がたまらなくよかった。この二人、全然タイプが違うし住んでいる世界も違うようなんだけど、基本的にはお互いに好意を持っているように振る舞う。相手にあまり興味を持っていない素振りが見えたり、相手と自分を比べて複雑な気持ちを持っているのが窺えたり、仲がいいとか悪いとか一面的に言ってしまえない不健全な親密さを感じて、見ていて段々ワクワクしてきてしまった。同じ場所に居合わせれば水面下で火花を散らし合わなければならないほど相手を気に食わなく思っている二人だけど、それでもこの部屋を出てしまえば相手のことが頭から消えてしまうんだろうなって最後まで観ていて思った。そういう「他人に対する無責任さ」って、ときに爽快にも思えるから大好き。

いとこかもしれない男性二人が登場する「いとこ同士?」っていう短編もすごく好き。目の前にいる相手に対する好意や信頼の度合いが短時間で変化していくところが面白い。その判断基準が相手の本質的な部分とはまるで関係がないってところも、身も蓋もない感じですごくよかった。

監督:ジム・ジャームッシュ
脚本:ジム・ジャームッシュ

【映画】情婦

『情婦』 1957年 アメリ
二重のどんでん返しが楽しめる法廷ミステリー。病み上がりの老弁護士役にチャールズ・ロートン、口うるさい看護師役にエルザ・ランチェスター。実生活で二人は夫婦だそう。「映画の結末をまだ観ていない人に話さないで下さい」という結末で知られているらしい。

老弁護士が看護師に付き添われて退院するシーンから始まる。二人の掛け合いが絶妙でこの看護師さんも事件を解決するのに何らかの役割を果たすのかなぁと思ったけど、最後まで口うるさい看護師の域を出なかった。

老弁護士は病み上がりであるにも関わらず自分の健康を顧みず葉巻やブランデーを欲しがっては周りの人たちを困らせる。弁護士事務所の従業員たちも看護師も彼の扱いを心得た様子で、憎まれ口ばかりたたく古ダヌキと言われながらも彼が周りの人たちから愛されているのがよかった。葉巻を杖に隠して持ち歩いていたり、弁護を依頼してきた事務弁護士の上着のポケットに葉巻を見つけてそれをちゃっかり自分のものにしちゃったり、困ったことばっかりするけれど何となく憎めない感じ。彼は葉巻とブランデーと仕事が大好きで、休養と病人扱いが大嫌いなようだ。ブランデーや葉巻を看護師の目を盗んで楽しむ時の彼は老練な弁護士とは思えない幼稚な手を使って、時に看護師に見破られてしまう。そんなところがお茶目でよかった。

病み上がりの彼が引き受けた事件はエミリー・フレンチ事件といって、高齢の未亡人が使用人の留守中に殺されてしまった事件だ。その事件の容疑者になっているのがボールという男。彼は街で偶然未亡人と出会って親しくなり、彼女のうちでお酒を飲んだり音楽を聴いて一緒に過ごすこともあった。彼が彼女のうちを訪ねた日に彼女が殺されているのを夜遅く帰宅した使用人の老女が発見した。彼のことをよく思っていない老女は、法廷で「彼が婦人を殺したに違いない」と証言する。

彼のコートについた血痕が婦人の血液型と同じO型だったり、8万ポンドの遺産が彼に入るという動機が浮上したり、検察側にとって有利な証拠ばかりが集まってしまう中、老弁護士が検察側の主張を一つずつ覆していくところが観ていて面白かった。(手袋をすれば指紋が残らない。血液型はボールもO型。老女の証言はあてにならないなど)

さすが古ダヌキ!と思っていたのだけど、ここでボールの奥さんが登場して夫は犯行時刻に家にいなかったと証言してしまう。それまでは犯行時刻に家にいたと警察にも弁護士にも説明していたのだけど、老弁護士は愛妻の供述はアリバイにならないと判断して彼女の証言を求めなかったのだ。

彼女はボールと結婚した時点ですでに夫がいて重婚の状態だったり、ドイツからイギリスへ移るために彼を利用したのではないかという疑惑があったり、なかなか謎の多い女性だ。彼女が嘘をついているのか、彼が嘘をついているのか私には全然わからなかった。老弁護士は裁判が始まる前にボールと奥さんの両方に「片メガネのテスト」というものをして発言が信用できるかどうかを確かめていたのだけれど、このテストにどういう効果があったのかも私にはよくわからなかった。老弁護士は彼の無実を確信していたのだろうか??

未亡人に近づくボールは婦人のことを内心バカにしているのに彼女から自分の発明に出資してもらうことを期待して彼女に取り入るような態度を取っている。明らかに信用できない男という感じがするんだけど、だからといって殺人犯だと決めてしまうわけにはいかない。彼が遺産の相続人が自分になっていることを知った時のリアクションも芝居をしているようには見えなかったし、彼が犯人なのかどうか私は考え込んでしまった。

ボール夫人の証言が有力な証拠になりボール有罪の方向に傾いていきそうになったところで、老弁護士に垂れ込みの電話がかかってくる。その電話に助けられ、ボール夫人がマックスという男に宛てた手紙がボール夫人の証言を覆す証拠として採用される。手紙を読み上げる老弁護士に向かって、「それは私の便せんじゃない。私のはブルーでイニシャルが入っている」と彼女は言い、その発言のせいで老弁護士が隠し持っていた手紙の束が彼女の出した手紙だということが明らかになってしまう。ここで自分の便せんの柄を明かした彼女は老弁護士の罠にかかったように見えるのだけど、実は彼の裏をかいている。この辺のどんでん返しが私には全然見破れなかった。彼女は有罪の証言を覆すためにあえて検察側の証人になっていたのだ。恐ろしい女性だと思ったのだけど、そんな彼女も実は騙されていて、それが明らかになる結末が切なかった。

裁判が佳境に入るあたりで老弁護士がココアと称してブランデーを法廷に持ちこんだり、裁判中に薬をテーブルに並べたりするのが興味深かった。戦うためにはそれが必要なのかな。あんなに休暇とココアを勧めていた看護師さんが老弁護士に仕事用のカツラとブランデーを手渡すラストシーンがよかった。

監督:ビリー・ワイルダー
脚本:ビリー・ワイルダー
原作:アガサ・クリスティ検察側の証人