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ツイッター @hyokofuji ミサ

【本】こっちへお入り

『こっちへお入り』 平安寿子 (祥伝社) 

友達が趣味で参加する落語教室の発表会を見に行った江利。 
落語には全く興味がなかったのだけど、みんながあんまり楽しそうだから、それにつられて江利も落語教室の生徒に。 

寿限無から練習を始めすっかり夢中になってしまいどんどん落語の世界に引きずり込まれていく江利とともに、人間くさい登場人物に本気で腹を立てたり愛おしくなったり、いつしか読んでいる私まで落語の世界に惹きつけられていく。 

登場人物の心情を推測したり仲間と意見を交し合ううちに、江利の頭もすっかり【落語頭】になっちゃって…。 

普段の江利は飲料メーカーに勤める33歳の独身OLで、小売店からのクレームや後輩のチャラチャラサラリーマンに悩まされる毎日を送る。 
はらわたが煮えくり返るようなことも多いけど、落語のおかげで物事の滑稽な側面が目に入るようになってきた。 
対立する人間を一人で演じ分けるためか、自分と反対側のものの見方ができるようにもなってくる。 
そうすると、友達や家族のことも以前より見えるようになってきて…。 

江利が覚えたての落語を一方的に聞かせる相手に選んだのが、腐れ縁状態で五年も付き合っている旬。 
この男が、揚げ足取りの屁理屈こねの嫌な男。 
落語を一度も聞いた事がないくせに「枝雀って天才だったって。英語で落語をやったとか、SF落語をやったとか。」ってな具合で、やたら周辺情報に詳しい。 
なんでも理屈で整理したがる、自称《クールな男》に辟易しながら「私の好きなタイプは落語頭がある人だなぁ」と実感するも、気安く自分の趣味に付き合わせることができるような相手は残念ながら今のところコイツしかいない。 

読んでいて、落語の魅力にも惹きつけられるけど、江利と旬の関係が今後どうなるのか、気になって仕方ない。 
落語にはまるにつれて旬の嫌なところがより目に付くようになるのか? 
それとも意外な一面が見えてくるのか? 
江利の落語の話に付き合ううちに、旬自身が変わっていくのか? 

落語を演じることで自分がどういう人間なのかが見えてきたり、周りの人との関係が変わってくる受講生たちが羨ましい。 
想像力・共感力豊かな【落語頭】は私にも必要なもののような気がする。