【本】僕の名前は。アルピニスト野口健の青春
一志治夫(講談社文庫)
山登りやら冒険やらに全く興味のない私は、野口健にも植村直己にもほとんど関心がなかった。
ただテレビで見る野口健には「妙に人を惹きつけるところがあるなぁ」と思っていた。
テレビで話していた登山や母親の話は、いくつか記憶に残っている。
エジプト人の母親は気性が荒く、自分がいじめられて泣いて帰っても家に入れてくれなかったこと。
エヴェレスト登頂に成功した時に、達成感よりもこれからまた降りなければいけないことに対する恐怖を強く感じていたこと。
登っている途中に、恐怖心からおかしな行動を取ってしまう人が出るのも珍しくなく、自分と一緒に登っていた人が突然ポーンと崖下に飛び降りてしまったこと。
あちこちに死体がそのままになっていて、「申し訳ない」と思いながらもその上を踏んで歩かなければならなかったこと。
どの話を聞いていても、「自分も登ってみたい!」なんて気持ちには全くならない。
いったい、何がきっかけで山に挑むようになったのだろう。
クリクリした目を輝かせながら、ユーモアを交えて登山の話をする姿はサービス精神に溢れているように見える。
だけどその反面、人との会話が上手くかみ合わず、聞いていないことをくどくど説明したり、相手が聞きたいことをスルーしちゃったり、相手が諦めて次にいこうとしている時に急に前の話に戻ったり…。
そんな様子を見ていると私はイライラするんだけど、イライラしているはずなのになぜか顔はニヤニヤしてしまう。
「人を楽しませたい」という気持ちは十分に持っているんだけど、その欲求を「他人が求めるものを差し出す」という安易な方法で満たそうとしない強さや図々しさも持っていて、そんな様子を見ていると「あっぱれ」という気持ちになってしまうようだ。
「ガイジン」と言っていじめられた小学生のころから落ちこぼれの烙印を押される高校生のころまで、周りに受け入れられず疎外感を覚えながらも、決して内に籠ってしまわなかった健は、持て余したエネルギーをどこに向ければいいのかわからずに苦しんでいた。
その結果、ついに停学処分を受けるような事件を起こしてしまい、その謹慎中に出会ったのが植村直己の『青春を山に懸けて』だった。
誰からも指図されることなく、登るのか下りるのか、命を懸けた決断を下さなければならない、恐ろしい程の自由。
それが健を惹きつけたのかもしれない。
持ち前のエネルギーで登山に関する本を読みあさり、山岳会に入会し高校在学中にキリマンジャロ登頂を果たす。
このころ見出した目標が、七大陸最高峰登頂の世界最年少記録の達成。
そんな健を苦しめたのが23歳の時のエヴェレスト惨敗。
怖気づいていた彼に再挑戦の意欲を与えたのはマスコミの反応だった。
「力もないのに金だけ集めて」
「あいつにエヴェレストなんか登れっこない」
他人から軽く扱われることをよしとしない健は「自分が失敗したんだから、そういわれても仕方ないよな」なんておとなしく納得するはずもなく、彼らの言うことも一理あると認めたうえで、負けん気に火をつける。
三度目の挑戦で成功した健は、冒険を「最後の最後まで生き残る努力をすること」だという。
死をも恐れぬ勇敢さや信念よりも、死と隣り合わせのところで感じる生に対する情熱が冒険家に必要とされる資質なのかもしれない。
環境につぶされたり周りにへつらうことなく自分の居場所を切り開いていく中で身につけたしたたかさが、登頂成功を後押ししてくれたのではないかと思う。
登山家の大蔵喜福は健の少年時代について「試練を与えられているということは、逆に恵まれているということでもある」という。
目をそらすことなく試練と真っ向から向き合ってきた日々が、野口健の底抜けの明るさを作り出しているのかもしれない。