【本】ビタミンF
『ビタミンF』 重松清(新潮社)
四十前後の父親が家族について悩んだり考えたりする数日間を描く短編集。
「そろそろ、息子とケンカをしても勝てなくなるかもしれないなぁ」と自分の衰えを感じる三十八歳の父親。
気の弱い息子にイライラして、二人でいるのを気詰まりに感じる父親。
中学生の娘が不良じみた年上の男と付き合っているのを心配する父親。
いじめられていることを隠す娘に、どう対応すればいいのかわからない父親。
突然、「今とは違う人生があったのではないか」という気分になってしまった二児の父親。
娘や息子を理解していたつもりが、いつの間にか大きな溝ができていることに愕然とする父親。
どの話でも主人公はなかなか難しい問題に直面して、ここからどう立て直すのだろうかと心配になってくる。
それでも何とか解決に向かうので、ほっとした。
現実はこうはいかないんだろうけど、それだからこそ物語の力に助けられる部分があるんだろうなぁと思う。
自分が思い描いていたものと自分が今手にしているものとのギャップにがっかりしても、もうやり直しのきかない年齢に達していることを知っている三十代後半の男性が、今の地点から家族との関係を好転させていく姿にほっとさせられる。
一番印象に残っているのが、子どもとの距離が離れていることにある日突然気づかされた父親の話。
このお父さん、ちょっとしたもめごとなんかがあった時に、余裕ぶって何とか自分を保とうとするクセがあって、自分の気持ちを率直に伝えるよりも、どういう返答が正解かを考えて対応し、自分が間違っていないことをひとりで確信して満足してしまう。
職場なんかでは「和を重んじる精神」が評価され、冷静で協調性のある人と思ってもらえることもあるのかもしれないけど、相手が本気でぶつかってきてくれるような親密な関係で「大人な対応」を連発すると、途端に信頼を失ってしまう。
間違っていないつもりが、いつの間にか家族の輪からはじき出されてしまったお父さん。
数年にわたる痛恨のミスを返上するためにお父さんがとっさに持ち出した秘密兵器には、私も笑ってしまった。