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【本】恋をしよう。夢をみよう。旅にでよう。

『恋をしよう。夢をみよう。旅にでよう。』角田光代(角川文庫) 


角田さんのエッセイ集。 
二週間に一度、ネット上で公開されていた角田さんの日記をまとめたものらしく、2003年の夏から約二年間の角田さんの日常が綴られる。 
なんでもないような出来事や、とりとめのない話が女友達同士の会話のような文体で記されていて、面白い。 

「あなたのおうちは散らかっている?」という章で【コタティスト】という言葉が出てきて吹き出してしまった。 
コタティストというのは、こたつを中心とした円の中に自分の必要な物をグルっと配置する人間のことらしい。 

まさに、私のことだ!! 
これを書いている今も、コタツにひざをつっこんで、正面がパソコン、右から順に缶ビール、テレビのリモコン、CDプレーヤー(椎名林檎再生中)、タオル、薬、背中にクッション、将棋本、将棋盤、左側に未読本、電子辞書、手帳、メモ帳、時計、筆箱、既読本…といった具合で、立ち上がらなくてもたいていの物に手が届いてしまう。 
コタティストを脱却した角田さんの一言は耳に痛い。 
「やばいっすよ、こたつは。まじで」 
私も近いうちに卒業しなきゃなぁ…。 

世の中には【褒め男】というものが存在するらしい。 
【褒め男】というのは、女性を褒めるのがひどく上手く、下心もなく、褒められた女性に多大な影響を及ぼしてしまう男のことらしい。 
この影響力がなかなか強力で、タバコの吸い方を褒められた女性の一日のタバコの本数を増やしてしまったり、食べ方を褒められた女性をいつでもバクバク食べる食べキャラに変身させてしまったり…。 
褒められた女性に自分が特別な存在だと錯覚させてしまうほど上手に褒めるという【褒め男】に、私はまだ遭遇したことがない。 
けなされて勢いづき褒められて固まってしまう私にも有効なのだろうか…。 
一度でいいから上手に褒められてみたい(笑) 

「聞き耳たてることありますか」という章で、レストランで隣に座った二人組みの会話が紹介されるのだけど、この話がすごくよかった。 
この二人組みは、五十がらみのおじさんと二十歳ぐらいの女の子なのだけど、どういう関係なのかはよくわからない。 
「親子や仕事関係ではなさそうだ、でも恋人にも見えない」という説明が入った後で、二人の何気ない会話が再現される。 

「おれさあ、すっごく後悔してる事あんの」 
「あのね、こないだね、焼肉屋行ったでしょう」 
「うん、いった」 
「そんとき、キムチ頼むの、おれ忘れちゃったんだよねー」 
「あ、そういえばそうだね」 
「キムチ、好きだって言ってたじゃない。なのにあのとき頼み忘れてさ。それで、ずうっとおれ、後悔してんの」 

すっごく深刻な声を出して「後悔してることがある」なんて話し始めて、それがキムチの話だったりするから「なんだ、そんなことか」とがっくりくるんだけど、その後の角田さんの感想がすごくいい。 

「おじさん、きっと女の子に恋をしているのだ。きっとそうに違いない。女の子の好きなキムチを頼み忘れたのを後悔してるなんて、まったくなんていじらしいんだろう」 

ここまで読んだ時に、こういう小さい出来事が楽しいことばかりでない毎日を少しでも我慢しやすいものにしてくれているのかもしれないと思ったのだけど、角田さんの話はさらに続く。

病院の待合室で、母の病状について深刻な話を聞かされるということがわかって暗澹としている角田さんが、看護師と老人の会話を耳にする。 
「歯医者に行った」を「ハワイに行った」と聞き間違えて、とんちんかんな会話を展開して大笑いする二人につられて、笑える状況のはずがない角田さんが笑いをこらえる。 
その時の笑いを角田さんは「コーラの泡みたいにふつふつとこみあげる笑い」と表現する。 
そして次のように続ける。 
「その笑いの泡は、そのときの私にとって、なんだか希望そのものだった。一番信頼できる希望」 

聞き耳を立てるってあまり行儀のいいことじゃないと角田さんも言うし私も思うけど、私もついついやってしまう。 
言葉って、その言葉が文字通り表現する内容を伝えるだけじゃなくて、本人が意図しないものまで他人に運んで行ったりするから不思議。 
意味のない馬鹿馬鹿しいやり取りも、侮れないもんだなぁと思う。