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ツイッター @hyokofuji ミサ

【本】邪魔


『邪魔』 奥田英朗 (講談社) 

複数の登場人物の視点で、一つの事件が描かれていく。 
主な登場人物は三人。 
七年前に妻を亡くし、義母を心の支えにしている36歳の刑事。 
仲間とつるんで悪さをする男子高校生。 
スーパーでパートをしながら二人の子どもを育てる34歳の主婦。 

事件といっても、移転する予定の事務所が焼けただけの小さな放火事件なんだけど、その事件には色々とややこしい事情が絡んでいて…。 

第一発見者として取調べを受けている夫が放火犯だと確信した主婦は、マスコミや警察の態度にビクビクしながらも何とか子どもたちを守ろうと奮闘する。 
面倒なことは他の人にやってもらって自分は安全な場所にいることを望むタイプだった主婦が、放火事件を機に憤ったり他人とやりあったりすることを辞さない人間に変わって行くところが面白い。 
家にいるのが嫌で首を突っ込んでしまった、パートの待遇改善の運動で、人から必要とされる快感やみんなで何かを成し遂げる達成感を味わい、「自分の生活の中には、こういうことがほとんどなかったなぁ」と感じるところがリアルでよかった。 

彼女は、夫との結婚を後悔したり、他人に頼って生きていこうとした自分を反省したり、追い詰められると残酷なセリフが簡単に出てしまう自分に驚いたりしながら、平穏な生活が脅かされた時に初めて知ることになる自分の本性を意外に冷静に受け止めていく。 

この主婦や亡くなってしまった刑事の奥さんが二十代だった時の、男性を結婚相手として見るときの視点が興味深い。 

特に、教師だった刑事の奥さんの言動には苦笑してしまった。
結婚後どれくらい家事をやってくれるか探ったり、結婚後の具体的な計画を披露して相手に「尻に敷かれそうだ」という印象を与えたり、教員採用試験合格のお祝いに買ってくれたネックレスを見て「こんな無駄遣いするぐらいだったら貯金しててくれたらいいのに」と言ってしまったり…。 

パートの主婦は、結婚に適した相手としてサラリーマンを望んでいたので、たまたま結婚したい時期に紹介されたサラリーマン男性と結婚を前提に付き合い始める。 
お金に対する執着が強かったり、つまらない不正をする男だということに薄々気づいているのだけど、ついつい不安要素に気づかない振りをしてしまう。 
厳しくチェックして針路変更するよりも都合の悪いことは見なかったことにして現状維持にしがみついてしまう心理は私にもよくわかる。 
初めからやり直すのは、なかなか勇気のいることだ。 

誰もが持ってる現状維持を望む気持ちが、作品の終盤でも顔を出し、ささいな事件を悲惨なものに変えていってしまうところがやりきれない。 

引き返すことのできない道を一人で突き進む主婦を何とか助けようとする刑事の思いと、刑事にとっての義母との存在の在り方が明らかになるところが切なかった。