【本】センセイの鞄
三十七のツキコさんに、七十近いセンセイ。
歳の差を感じさせないほど間のとり方の似た二人が、ゆっくり関係を深めていく。
一緒にいてもどこかに行ってしまいそうで、それでいて一緒にいないときも遠くなってしまわないセンセイの存在が、ツキコさんにとってなくてはならないものになっている。
正月に実家に帰ったあと会社が始まるまでの数日間、自宅でのんびり過ごすつもりのツキコさんが電球の交換に失敗してガラスで足の裏を傷つけてしまう。
いつも楽しく過ごしているつもりのツキコさんが、そんな時急に心細さに襲われる。
そんな時にふらっと外を散歩すると、ばったりセンセイに出会う。
絶妙のタイミングだ。
二人が、満月の下、共に前を向きながら、同じ方向に顔を向けながら、会話をするシーンがいい。
正面切って衝突しあう熱さはないのだけど、お互いの存在をちゃんと認め合っている感じが温かくて心地いい。
センセイは相手と意見が違っても、先入観なくその意見に耳を傾けようとする。
公平であろうとするところから生ずる優しさが、センセイの一番の魅力だ。
相手に認められたいという気持ちが、自分の意見を正しいものとして相手に押し付けることにつながってしまうことも少なくないけど、そうなっちゃうとお互いに優しさを発揮するチャンスを失って、関係がギクシャクしてしまう。
この二人にはそういうところがなくて「一緒にいて温かい気分になれる関係ってやっぱりいいなぁ」と思う。
デートコースもなかなか面白い。
居酒屋
市
キノコ狩
パチンコ
島
美術館(書の展覧会)
水族館
ディズニーランド
どれも楽しそうだ。
川上弘美の書くものは、現在、過去、未来の区分や、この世とこの世以外の場所、生きている人と死んでいる人の境が曖昧だ。
物理的にあり得ないこともひょいひょい起こってしまって、現実なのか空想なのかよくわからなくなる。
話の筋を捕らえにくいので、感想が書きにくいものが多いのだが『センセイの鞄』は比較的すんなり話が進んでくれるのでわかりやすい。
そんな中で奇妙な空気を出しているのがセンセイの元奥さん。
亡くなっている人なので回想で登場するだけなのだが、不思議な存在感がある。
幽霊となって出てくるわけでもないのに、ちょっと不気味な感じで、言動も怪しい。
映画化された時に樹木希林が演じていて、幻想的な雰囲気にぴったりだった。