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【本】ああ正妻

『ああ正妻』 姫野カオルコ (集英社) 

大手出版社に勤める小早川という男が自分の結婚について友人に「ぼ、ぼくは、いまでは、だまされたような気がするんですけどね…」と語り始め、相手を絶句させる。 

彼はいつも恐縮していてすぐにどもってしまう気のいい男なのだが、大手出版社勤務だけあって高給取りだし、パッとしない印象だがよく見れば整った顔をしている。 
結婚相手を探すために出版社でアルバイトをしていた女の子にアプローチされ、いつの間にやら妊娠→結婚という流れに乗ってしまっていた。 
ありがちなパターンだし、それはそれで幸せなんじゃないかと思えるのだが、この奥さんの言動があまりにも極端なので、話を聞いているうちに小早川が段々気の毒になってくる。 

年収一千万円を超えるのに、彼が自由にできる金額は月一万円。 
給料のほとんどはローンで消えてしまう。 
休みの日は家事や家族サービスに費やすよう強制され、携帯電話はチェックされるので着信履歴はこまめに消し、「ちょっと散歩に行ってくる」の一言さえ言えない(理由を求められて疲れるから)。 

同僚が結婚すると聞いて、小早川は心の中で叫ぶ。 
「結婚なんかしたら読書できなくなるのに。結婚なんかしたら散歩できなくなるのに」 

そんな小早川が夢のような三日間を手に入れる。 
「沖縄、二泊三日の旅、4名様ご招待」が当たったのだ。 
妻と義母、娘二人の四人を送り出した小早川は、自分もその日程に合わせて休みを取り、一人家でのんびり過ごす。 
その様子を読んでいると本当に切なくなってくるんだけど、私もこういう休暇の過ごし方が好きだ。 

焼きそばUFOを食べてビールを飲み、ツタヤで借りたビデオを見て、宅配ピザを注文する。 
好きな本をゆっくり読んだり考え事をしたりしているうちに眠ってしまって起きたら昼過ぎ。 
ラーメン食べてコーラを飲んで、散歩して、一人で公園のボートに乗って、マクドナルドのビッグマックを食べる。 
こんな調子で過ごした三日間を小早川は黄金のひとときと呼ぶ。 

そんなに結婚生活が嫌なら離婚すりゃいいのに…とだれもが思うが、「離婚はしたいと思ってますが、慰謝料も娘も取られるとわかっているのでできません」ときっぱり答える彼に返す言葉がない。 

彼は黄金のひとときに、女友だちの書いた文庫本を読んだ。 
面白かった。 
「何かについてじっと考える」という日常を脅かす行為について書かれた話だったからだ。 
小早川にとって突き詰めてものを考えるというのは非日常的な楽しみで、だからこそ趣味の読書は楽しい。 
この本を書いた女友だちは、日常においても突き詰めてものを考える。 
だから、彼女はあくまでも友だちなのだ。 
彼にとってかわいい女ではない。 

姫野さんの「モテ」についての考察はいつも興味深い。

この作品では結婚とは何なのかについても考えさせられて、とっても面白かった。