【本】カラーひよことコーヒー豆
『カラーひよことコーヒー豆』 小川洋子 (小学館)
小川洋子のエッセイ集。
どの話も、小川さんが物や人に丁寧に接している様子が伝わってきて、読んでて楽しい気分になってくる。
「思い出のリサイクル」という話で、小川さんが些細な思い出を大事にして、それを繰り返し思い出し、その度に感動を新たにすることが特技だと書いておられるのだけど、この特技はちょっと羨ましいなぁと思った。
具体例として挙げられる小川さんの思い出が、またいい。
手のひらの上で豆腐を切る小川さんを見て、息子さんが「ママー、おててが切れちゃうよ」と、小川さんの足に抱きつき、涙をポロポロ流した。
それ以来、小川さんはお味噌汁の豆腐を切るたびにこの日のことを思い出すらしい。
こんな風に真っすぐに自分を思ってくれる人がいるというのは幸せなことだろうなぁと思う。
語彙なら大人の方が絶対に勝っているのに、表現力で子どもに適わないなぁと思わされることが時々ある。
他のエッセイ集で、口いっぱいにひまわりの種をほおばるハムスターを見て「やめてくれ。破裂するからやめてくれ」と半泣きで叫ぶ、小川さんの息子さんの様子が描かれるのだけど、これもおかしいやらかわいいやらで、読んでいて幸せな気分になってくる。
子どもや動物と一緒に暮らすのは大変そうだけど、その代わりに他のことでは得られない喜びや発見がそこから得られるというのが、小川さんの書くエピソードから窺える。
小川さんは、宮本輝の『錦繍』を毎年読み返すそうだ。
令子という女性が、転落人生を歩む男に寄り添い、当たり前の愛情を彼に注ぎ続けることで彼が立ち直るのを助ける。
その部分について小川さんが、「大げさな励ましなど所詮、励ます側の自己満足でしかない」「自分は身近な人たちに、当たり前の愛情をちゃんと注いでいるだろうか」と書いているのが印象に残った。
令子さんが男に与えるものは、温かいお茶だったり、冷たいタオルだったり、些細なものなのだけど、彼女のように、ささいでありながら相手にとってはどうしても必要なものを、押し付けがましくなく相手に与えるのはすごく難しい。
相手が立ち直るのを信じて待つのも…。
すごく素敵な小説なので、紅葉の時期に私も『錦繍』を毎年のように読んでいる。