【本】苦役列車
中卒で日当5500円の日雇い仕事を続ける19歳の北町貫多が主人公。
現場で必要とされる資格を取ろうとするどころか続けて出勤することさえしない。
生活するうえでギリギリのお金さえあれば、仕事に行かず一日家で過ごすことを選ぶような少年だ。
野心とか向上心は全く持ち合わせていないし、恋人や友だちもいない。
自分の待遇を少しでもよくするための努力というものを全く放棄していて、こういう態度は世間ではダメ人間と見られるものなんだろうけど、読んでいて不快な気分には全くならなかった。
それどころかニンジンを目の前にぶらさげられても反応しないという彼のあり方に好感さえ覚えてしまう。
やりたくもないことでもそれをすることが自分にとって何らかの利益をもたらすことなら、それをモチベーションにして取り掛かり、その程度の努力さえしない人間を見下して、自分が人並みのものを手に入れていることを確認して満足するというあり方とは対照的だ。
貫多の前に現れた専門学生はこのタイプで、貫多は自分とは違うタイプの人間と一緒に働き始め彼と友だちになることで今までになく真面目に出勤し始める。
初めは友人を世間知らずな坊っちゃん扱いしていた貫多だが、彼の華やかな生活を垣間見て羨望や劣等感を膨らませていく。
自分が高校や大学に進学することを当然の権利と捉えている人間特有の嫌らしさを、そうでなはい人間の視点から描いてしまうと卑屈で惨めったらしい印象を与えそうなものだけど、そうはならずに愉快に読めるところがスゴイなぁと思った。
対照的な二人だけれど、二種類の人間がいるというわけじゃなくて、どんな人にも二人のような部分がいくらかずつあるんだろうなぁと思いながら読んでいた。
自分が何をしたいのかよくわからないまま見栄えのいいものや他人が羨んでくれそうなものを身に纏う努力をしたり…。
そのテの努力ができない自分を慰めるために相手のことを「何ほどもない俗っぽい奴だ」と鼻で笑ってみせたり…。
他人を俗っぽいと嘲笑う自分も決して達観しているわけではなくて、相手が手にしているものを羨む「俗な」感情を持っていたり…。
「苦役列車」というタイトルにあるような重苦しさはなく、私小説といえばもっと湿っぽい感じになりそうなものだと思っていたのだけどそんな感じもなく、読んでいて楽しい気分になる小説だった。
正直でありながらも自分に同情しすぎない態度が貫かれていて、信念を強く感じさせるわけではないんだけど安定感があって、この作家さん好きだなぁと思った。
他の作品も読んでみたい。