【本】GO
『GO』金城一紀(角川文庫)
すいぶん前に映画で観たのが、この作品と出会ったきっかけだったのだけど、その時に「これだ!」と思った。
イメージに訴えて伝えたいことを伝えてくるようなところがあって、それが私の性に合うのか、すこーんと入ってくる。
初めて観た時にずいぶん惚れ込んでいたくせに、いまさら原作を読んだ。
この作品の主人公は男子高校生。
朝鮮籍から韓国籍に変え、民族学校から日本の高校へ進学した。
在日朝鮮人、在日韓国人として日本で生活する少年の日常を描いているのだけど、作品全体を通したテーマは、「マイノリティーの権利」や「差別との闘い」なんてのを軽く越えてしまっている。
一番好きなシーンは元プロボクサーの父親が主人公にボクシングを教えるところ。
父親のセリフがいい。
「左腕をまっすぐ前に伸ばしてみな」
「腕を伸ばしたまま、体を一回転させろ。コンパスみたいにな」
「いま、お前のこぶしが引いた円の大きさが、だいたいいまのお前という人間の大きさだよ。その円の真ん中に居座って、手に届く範囲のものにだけ手をだしたり、ジッとしたりしてればお前は傷つかないで安全に生きていける」
「ボクシングは自分の円を自分のこぶして突き破って、円の外から何かを奪い取ってこようとする行為だよ。円の外には強い奴がたくさんいるぞ。奪い取るどころか、相手がお前の円の中に入ってきて、大切なものを奪い取っていくことだってありえる。殴られりゃ痛いし、相手を殴るのだって痛い。何よりも殴りあうのは恐いぞ。それでもお前はボクシングを習いたいか?円の中に収まってるほうが楽でいいぞ」
ボクシングに喩えて語られるのは、次のようなことなのかもしれない。
自分自身のものの見方だけを武器に、自分とは別のものの見方をする他者と衝突したり、共鳴しあったりしながら生きていく。
それで自分の世界が広がることもあれば、自分の世界を潰そうとする悪意に満ちた他者と出会うこともある。
自分よりずっと大きな組織や権力と対峙しなければならなくなる時もあるけれど、それでもあくまで自分が頼みにするのは自分の力だけ。
徒党を組んだり理屈を振りかざして、自分が強くなったような錯覚をして、別の誰かの世界を不当に侵害して悦に入ったりしない。
主人公も主人公の父親も、悪意に満ちた他者と必要以上に出会ってきた人間だし、他者を自分の味方につけたがる人間の汚さもよく知っている。
そんな中で自分がどういう態度を取るのか決断したのだろう。
覚悟が表れているすごくいいシーンだと思う。
「すべての人間が自分だけの円を持っていて、それは自分のこぶしで守るしかないものなんだ」ということを知っていないと、どうしても《同化か排除》の二者択一で他者と接することになってしまう。
何らかの分類で、自分が少数派に属してようが多数派に属してようが、「自分と同じ円に入るのか、それとも入らないのか」そんな風に誰かに迫るのは、ひどく馬鹿げている。
自分の円の中に誰かを組み込むこともできなければ、誰かと同じ円に入って別の誰かを円から締め出すこともできない。
《味方と敵》《仲間とそれ以外》なんて区分は、ただの幻想だ。
人間の不安や恐怖心がこんな幻想を生み出してしまうのだろうけど、そんなみみっちい幻想を一蹴するような話の構成とテンポのいい文体がよかった。
主人公の親友や、やけに足の速い先輩、かわいいけどちょっと変わった彼女、気の弱い警察官など、ユニークな登場人物もよかった。