【本】美丘
二十二階建ての校舎、屋上のフェンスを乗り越えて、目もくらむような高いところを歩いていく少女。
それを見た太一は自殺志願者かと思い慌てて声を掛けたのだけど、そんなつもりは全くなさそうだ。
その人騒がせな少女は同じ大学の二年生、峰岸美丘だった。
太一が美丘と再会するのは大学の学食。
「友だちの彼氏に手を出した」という理由で女子のグループから吊るし上げられている美丘に、食堂中の学生たちの視線が集まる。
自分のやりたいことに真っすぐ向かっていく彼女は、自分の行動が周りの人からどう思われるか、全く気にしない。
協調性がなくて迷惑な奴とも思えるのだけど、衝動的で刹那的な印象を与える彼女の言動に強く惹かれる太一の気持ちもよくわかる。
太一は美丘と付き合うようになってから、彼女の抱えている病気とその深刻さを知る。
鮮やかに生きる人は、そばにいる人間の見ている風景までも変えてしまう。
深刻な状況に直面するのは避けたいと、誰でも思うものだけど、美丘と出会ったことで自分の気持ちや欲望が驚くほど生き生きと動き出した太一にとって、美丘と距離を取ることはもう難しくなっている。
自分ができるだけ傷つかないように、他人をできるだけ傷つけないように、自分を抑えて言動を選んでいた太一が、誰かを傷つけたり、傷ついたり、人と関わることで生じるプラスもマイナスも全力で引き受けるようになったのは、美丘の影響だ。
美丘は「自分が最後まで自分でいること」、「自分が生きた証しを残すこと」を望んでいたけれど、それは太一や友人たちによって十分に叶えられただろうと思う。
誰かが辛い状況にある時に、その人の助けになりたいという「欲」が出るのは私もわかるけど、結局人が他人のためにできることなんて、その人の言動から「その人がどういう人間なのか」読み取ろうと、必死に目を凝らし続けることぐらいなんだろうなぁと思う。
この作品の中で、太一は美丘との約束を果たすために、それ以上のことをしてしまうのだけど…。