【本】ヴィヨンの妻
『ヴィヨンの妻』 太宰治 (新潮文庫)
映画化された表題作を含め、八つの短編が入っているのだけど、私は『親友交歓』という短編が一番気に入った。
『親友交歓』
「小学校時代の親友だ」と言って、平田という男が訪ねてくる。
修治はその男を覚えていないし、彼が「これが俺とお前がケンカをした時の傷だ」と見せる手にも傷跡なんて付いていない。
そんな訳の分からん奴に絡まれて5~6時間も一緒に酒を飲む羽目になる修治だが、今までに見たことのないほど嫌なやつなので、だんだん愉快になってくる。
修治が「井伏さんが来たときに飲もう」と思って大事にしていた酒を、当たり前みたいな顔でがぶがぶ飲んじゃうし、奥さんにお酌をさせるし、よくわからない自慢ばかりしているし、毛布をくれとか言い出すし…。
奥さんを困らせて、奥さんが奥に引っ込んじゃうと「お前たちは夫婦仲が悪いな。何かあると俺はにらんだぞ」なんて言い出す始末。
(睨んだも何も、奥さん逃げちゃったのお前のせいだよ)と思うのだが、ここまでめちゃくちゃなことを言われると、「あっぱれ」という気持ちになってくる。
修治が、親友でも何でもない図々しい男に向ける視線が温かいのもいい。
「彼もなかなか単純な男ではない」とか、「彼も何か感ずるところがあるようだ」とか、「ちょっと足りないのではないかと思ったが、この後なかなか狡猾なところも見せてくれた」などと彼を観察しながら感想を述べるところが面白い。