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【本】星々の舟

『星々の舟』 村山由佳 (文春文庫) 

家族の一人ひとりを主人公にした連作短編。長男、次男、長女、次女、父、長男の娘がそれぞれ主人公になっているのでページが進むにつれて家族の全体像が見えてくる。長男の視点で見た父と孫娘の視点で見た父が随分違った人物に映ったりして、「自分が見ている誰かはその人のほんの一部なんだろうな」ってことに思い至る。視点を複数にすることで家族の間で起こる出来事を読者が公平に見られるところがよかった。 

父は戦時中に出征した経験を持ち、長男は学生運動に加わった団塊の世代の男だ。戦時中でもそうでなくても多くの人は流されるように生きている。若い世代の人から「どうして戦争に反対する人がいなかったのか」と不思議そうに問いかけられて「そういう時代だったんだ」という言葉を飲み込んだ父も、学生運動で知り合った彼女に「あなたのぬるいところが嫌なの」と言われて振られた経験を持つ長男も、その点では同じだ。 

長男にとっては厳しい大男でしかなかった父も、孫娘から見れば人の痛みがわかる頼りがいのある相談相手だったりする。平和に見える時代にも暴力は身近なところに潜んでいて、それと戦わなければならなかった孫娘が直面した自分自身に対する嫌悪感は祖父が戦時中に経験したものと同質だ。自分の弱さに直面すること、誰かの強さに憧れて尊敬すればするほど自分が卑屈になってしまうこと。そういう辛さが分かっているから孫娘の支えにもなれるのだけど、祖父が背負った痛みや苦しみは彼や彼の周りにいる人たちを傷つけもした。 

罪悪感や自責の念から人と深く関わることを恐れ、家族を遠ざけようとすればするほど執着心が増し束縛もしてしまう。他人に愛情をかけることが上手くできなくなってしまった父は間違いなく被害者でもあるのだけど、自分の苦しさに振り回される彼は被害者でありながら加害者にもなってしまう。妻にもっと優しい言葉をかけたり喜ぶ顔が見られるような態度を取ればよかったと思っても、もう手遅れだ。傷つけたくない相手を傷つけてしまったり、届けるべき思いが届かなかったりするところが切ない。 

それぞれの短編で主人公になるのは家族のひとりなんだけど、報われない恋愛というのもテーマになっているように思う。幸せな話が一つもないのだけど、父が「幸福とは呼べぬ幸せも、あるのかもしれない」と言うように、読んでいて幸福感は感じないまでも暗い気分に落ち込んでしまうことのない小説だった。話の内容は重いんだけど、そんな中でも登場人物一人ひとりの強さが窺えるところと、登場人物が自分の知り合いみたいに鮮やかに立ち上がってくるところがよかった。