【本】家族芝居
『家族芝居』 佐川光晴 (文藝春秋)
将来何の職業に就きたいかははっきりわからないものの「父親にはなりたい」と強く思っている男の子が主人公。
彼の言う《父親》が「一家の大黒柱」みたいなものじゃなく「子育てを楽しみたい」というような話なのがユニーク。
彼は高校で将来の夢を発表する時にこの希望をみんなの前で語って先生や友達を大笑いさせてしまう。
そんな彼が北大医学部に受かって医者を目指そうとしていたところ父親から浪人して東京の大学へ行ったらどうかと言われる。
父には何か思うところがあるのだろう。
彼は父の言いつけに従って東京で暮らす従兄弟のもとに下宿して予備校に通う一年を送る。
彼の従兄弟は18歳年上の36歳。
彼にとって憧れの存在なのだけど、元俳優で今は介護福祉士をしているこの従兄弟が自分の人生をどんな風に設計していくつもりなのかがよく見えない。
彼は高齢者向けのグループホームで7人の老女とともに生活している。
ほとんど外出することもなく、自分の時間なんて全くなく、いつもおばあちゃん達と一緒だ。
従兄弟はこの仕事を選ぶにあたって強い意志を持っていたわけでもなく、行きがかり上施設の責任者になってしまっただけだ。
そこが面白い。
少年の視点で従兄弟について語られるのだけど、「もうちょっと《大人な対応》をして置いた方が自分にとって都合がいいんじゃないか?」と思える場面が度々出てくるところがこの従兄弟の人間的な魅力をよく表わしている。
彼は恐ろしく我儘に見えるのだけど実のところは全く我儘になれないタイプの人間なのだ。
何かを自分のための道具として使うのが死ぬほど嫌なのだろう。
そんなところが彼の人間関係の築き方にも表れているところが興味深い。
自分の引き受けられるものは何でも引き受けてしまい、自分に厳しくて投げたり逃げたりしない。
しかも他人にはそれを決して要求しない。
グループホームで亡くなったおばあちゃんの娘に関することで「できないことはできないでいいんだ」と漏らすところが印象的だった。
グループホームを始めるにあたって強い動機があったわけでもないのに「なるようになる」というような無責任さを全く感じさせないのが不思議だと思っていたのだけど、読んでいるうちにその理由が何となく分かってくる。
彼は力を尽くすことを当たり前だと思っていて、自分が力を発揮する時に報酬を前提にしていない。
自分に降りかかってきたことに対してその場しのぎの判断をしないで、誠実に丁寧に対応していく。
それが仕事上の技術ではなく彼にとって生活の仕方そのものってところまで染み付いている感じがした。
だからおばあちゃん達から全面的に信頼されているのだろう。
血がつながっていてもつながっていなくても、人との関係と言うのは自然にできていくものではなくて、努めて築いていくものなんだなと改めて思った。
その覚悟さえあれば楽しくやっていけるって程甘いものでもないんだけれど、その覚悟がなければ何にも始まらない。
私は「楽でいられる関係」や「頑張らなくていい関係」なんていらないかな。
人との関係を築くのに力を尽くすということは他人に愛情をかけるということでもあるのだから、いくらわずらわしい思いをしても、それが誰かと生きることの醍醐味だろうと思う。