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ツイッター @hyokofuji ミサ

【映画】扉をたたく人

『扉をたたく人』 2008年 アメリ

主人公は62歳の大学教授ウォルター。
妻を亡くして孤独で無気力な生活を送っている。
普段はコネチカットの大学に勤めているのだけど、学会発表のためにニューヨークへ向かった。

ニューヨークには彼が何年も前から所有しているアパートがある。
自分のアパートに鍵を開けて入った彼は、バスルームで知らない女性と鉢合わせる。
彼女はセネガルからの移民で、同じくシリアからアメリカへやってきた男性と一緒にこのアパートを借りていたのだ。

二人には不法滞在という弱みがあるので、騙されて家賃を支払っていたのに警察に訴えることもできない。
ウォルターが自分たちのことを通報してしまったのではないかと恐れ、二人は行く当てもないのにそそくさと荷物をまとめて出て行った。
二人を心配したウォルターは彼らを自分のアパートに居候させることにする。

移民の青年はジャンベという太鼓のような楽器をいつもたたいている。
亡くなった奥さんのピアノを弾いてみようとレッスンを受けていたウォルターだが、ピアノは何度先生を変えてもうまくいかず挫折しそうになっていた。
ジャンベに興味を持ったウォルターに青年がレッスンをつけてくれるようになり、二人は公園でたたいたり、仲間たちとセッションしたり…。
クラシックとは全く違うアフリカ音楽のリズムを自分の中に叩き込んでいくウォルターを見ていると、私も楽器の練習を始めたくなってくる。
いくつになっても、楽器を始めるのに遅いなんてことはないのかもしれない。
ウォルターがジャンベを習得しようとする時の食い入るような目つきが好き。

「仕事をしているふり、忙しいふりだけで、何年もまともな仕事をしていない」自分のことをそう語る彼が、青年と交流する中で驚くほどエネルギッシュな面を見せてくれる。
不法滞在を疑われ勾留されてしまった青年を何とか助けようと奔走する姿に、ウォルターの秘めていたエネルギーが窺える。

青年の母に留守を頼んでコネチカットに戻ったウォルターが仕事を済ませて再びニューヨークのアパートへ戻ってくる。
扉を開け放った部屋の中で青年の母が窓を拭いている。
開いている扉をノックするウォルターの柔らかい表情が印象的だった。
彼が初めて見せる柔らかい笑顔は、ウォルターの心がいつの間にか開いていたことの証だろう。
ジャンベのリズムと青年との交流がウォルターを変えたのだ。

扉を固く閉ざしてしまった9・11以後のニューヨーク。
ウォルターの奮闘にも関わらずその扉が開くことはなかった。
地下鉄のホームで一心不乱にジャンベを打ち鳴らすウォルターの姿がどんなセリフよりも強烈に彼の憤りを伝えてくる。
ジャンベの響きとともに彼の感情がこっちにまで伝染してくるような、力強いラストシーンだった。